『騒音屋が行く!』

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きれいな音・汚い音?

ことしも残り少なくなってきました。
相変わらずの騒音屋としての一年でしたが、今年はきれいな音の仕事の成果が2つ出ました。

一つは横浜市の緑公会堂のリニューアルが終了!
2年前、空調騒音の低減のコンサルから始まって、公会堂の音響設計までのお手伝いをしたのですが、それが6月にオープンしました。
記念のイベントに行きましたが、合唱曲で歌とピアノの音のバランスが良くなっていました。(合唱団がうまくなっただけ?!)

もう一つは東京都写真美術館のロビーの音響改善!
吹き抜けで天井が高いためパーティやスピーチ・イベントで話の内容がわからないという事でした。音声明瞭度の試験に始まって吸音カーテン等、内装とスピーカー・システムの提案をしました。
これも、9月に完成し式典があったようです。(設計者が招待されて、特に問題なしとの事です)

あとは、福島復興関連の仕事と、相変わらずの工場騒音の予測計算で明け暮れた一年です。
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シニア用騒音計!?

昨日は、予測計算に使うオクターブバンド騒音レベルの実測データが必要という事で、ある食品会社に出かけて行きました。

20年前の騒音計を持って、久しぶりの工場内部の騒音測定なのですが、何分にも古い騒音計、25年前のHP200LXと言う小さなコンピューターでRS232Cインターフェイスを使って(その時代は最新の技術!)、ストアされたデータを引き出して居ました。しかしHP200LXを取り出して見ると液晶が壊れて居ます。(写真左下)

データは30個の1/1オクターブバンドなので、保存されたデータを手で書き写そうと思ったのですが、それでは技術者として余りに芸がないので、最新のWindows7機にUSB-RS232Cの変換アダプターを介して、コマンドプロンプト画面から動かして見ました。

基本的にはDOSV機で動くMSDOSと言う、優れたOSで作った自作のプログラムなので、ハードウエアのタイミングが合えば動くはずです。しかし、もう10年以上MSDOSは使っていないので、忘れている事も多く、苦節2日(?!)、何とかデータ転送に成功しました!

なぜ20年前の機械を大事に使うかと言うと、最近の計測器は画面もボタンも小さくなって、僕らのようなシニアが現場で使うには、老眼鏡を掛けただけでは画面の数字やボタンキーの文字が良く見えないのです。
まして昨日は食品工場なので、ホコリや異物を持ち込まないように、頭から靴まで、指定の作業着に着替え、バインダー、ボールペンまで部品が落ちにくいものを用意して貰っての測定、虫眼鏡片手にうろちょろはできないので、画面の大きな騒音計にPCMレコーダーをぶら下げ、その都度音とコメントを録音して回りました。

いざとなったら、録音ファイルから分析しようと思っていたのですが、これで何とか機械の騒音データは揃いそうです。
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夢を実現した技術者


子供の頃、図鑑で見て一度は自分の目で見たいと思っていたゴールデンゲートブリッジを実際に見たのは昨年の8月、半ば偶然だったのですが、先週また、偶然にその橋の歴史を書いた本を見つけました。
「ゴールデンゲート物語」と言う、これも技術者が書いた本なのですが、なかなか面白く、一週間で読んでしまいました。

初めてこの橋を目にした時言いようの無い感動を覚えたのですが、その感動の意味がやっと理解出来た気がします。

その巨大さと美しさはもちろんなのですが、構造物と言うよりは一つの芸術作品として訴えて来る物があったのです。

計画から建設まで20年かかって人々を説得して、困難を乗り越えた末の夢の実現はそれ自体、物凄いエネルギーを持って居るのでしょう。

この橋を造ったのが、自治体でも国家プロジェクトでも無く、ブリッジ・ディストリクト(特別行政区域)と言う地域住民で構成された任意の組織であり、資金集めから自分たちで始めた民間プロジェクトだと言うことも、この本を読んで初めて知りました。
しかも、それはジョセフ・シュトラウスと言う一人の技術者の夢と情熱が、数々の反対意見や嘲笑を乗り越えて、牽引して行ったプロジェクトだったのです。

経済優先の今の世の中、国内を旅していると景観を無視したコンクリートの塊が、これでもかと狭い日本を蝕む感さえあります。

この橋が出来たのは第一次世界大戦後の1937年「昔はこう言う人が居たんですね。儲けも考えず、世界最長の橋をとにかく作りたいと思い、人々を動かした。」、科学技術の歴史とは、結局、情熱を持った人間の歴史だったのだと思います。

自分も含め、人間に情熱が無くなって来たのが現代なのでしょうか?

写真の真ん中はゴールデンゲートで使ったリベットを写真立てにした土産物です。
また行きたくなってきたな!
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時代を戻そう!


毎日、毎日、大雨のニュースとデング熱とエボラ出血熱・・・、いったい世の中どうなって行くのだろう?

今日もまた、今まで経験したことのない豪雨、90万人に避難命令と言う言葉がニュースで飛び交って居た。
1時間に80mm以上、110mmの豪雨と言うびっくりする数字さえ北海道で発表されて居る。

地球温暖化と言う言葉がいつ位から使われたかは知らないが、京都議定書が1997年と言うことから考えると、もう20年以上前から化石燃料によるCO2の問題は出て来て居る。
それが原子力発電にも繋がって行くのだけれど、騒音対策を生業としている僕は、コマーシャルの言葉では無いが「臭い匂いは元からたたねば駄目!」と言う様に、熱を出さない生活に戻さなければ、この現象は加速化して行くだけだと思う。

エアコンを使わない生活など不可能と考える人は多いと思うが、現に50年前はエアコンも冷蔵庫もない生活が当たり前だったのだ。僕の父親は冷房無しの生活を94年間続けて2005年に死んだ。今だって兄は実家でそう言う生活を引継ぎ、僕も冷房はなるべく使わないようにして居る。回りを見渡しても、電車は弱冷房車に乗る人も多いし、毛布を膝に掛けている女性だって居る。
50年前と言わないまでも30年時間を戻さなければ、地球と人類の未来はもう見えて来て居る気がする。

30年かかった変化を元に戻どすにはおそらく倍の60年は掛かるだろう。僕はもう生きていないのだが、それ位の努力はして見ようと思う。問題はそれをどう社会(否、もはや全世界)に広げて行くかだ。
一つの方法として、料金の差別化と言う方法を考えた。
冷房の有る無しで電車の料金を変える。エアコンを使わない家庭の税金を安くする。

その他、ゴミを出さないようにする。そのためには過剰包装を辞める。スーパーでビニール袋を有料にして居るところがあるが、対策のための税金を取るのでは無く、努力して居る人や企業の税金を安くする方向に行政は舵を切るべきなのだと思う!
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最近は・・・?

久しぶりのブログ更新です。世の中アベノミクス景気(?)で浮かれているようですが、こちらの生活は一向に変化無く、「何とか食いつないでいる」と言う典型的中小企業(極小企業)状態です。

「新しい分野を開拓しなくては・・・」と1年ほど前から、多目的ホールの音響設計の仕事に関わり始め、色々と勉強しています。

そんな関係の友人の縁から、オーディオ関係の雑誌に投稿し始めました。
最初は集合住宅の不思議音と似たような音がコンサートホールでも発生していると言う記事へのコメントでした。(月刊プロサウンド2012年8月号)

最新のものは5月18日発売の月刊プロサウンド誌6月号「北から南から」コーナーに神奈川県立音楽堂に付いて投稿しました。次号は7月18日発売の同誌8月号『楽しいコンサート!』と言うタイトルで、やはり神奈川県立音楽堂でのコンサートに付いてレポートしています。
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