こんな仕事をやっているという例で、別にヒューレットパッカード社の宣伝をするつも りはないのですが、日本音響家協会の協会紙に載せた文章があったのでついでに掲載して おきます。ご存知じですかHP200LX インターネットが流行語になり世の中、右を向いてもパソコン。左を向いてもパソコン。 パソコンを使えなければ人間にあらずといった風潮さえ感じてしまいます。しかしそうい うマスコミの風潮からはちょっと外れたところに「魔法の小箱」とでも呼ぶべき小さなコ ンピュータがあるのを御存知でしょうか? もうかれこれ3年近くにもなるでしょうか、私がいつも持ち歩いている「魔法の小箱」 の重さは300g、大きさは8.5cm×15.5cm、厚さ2.5cm。手のひらに乗るコンピュ−タなので す。御存知の方もいらっしゃると思いますが、ヒュ−レットパッカ−ド社のパ−ムトップ コンピュ−タHP200LXというのが正式名称です。数年前から日本で販売されはじめ たのですが、本来日本語が使える環境を持たないコンピュ−タなのでヒュ−レットパッカ −ド社もほとんど宣伝をしませんでした。しかし、そのあまりの小ささと優れた性能に目 を付けた愛好者たちが、パソコン通信を通じて集まり、協力し合ってついに日本語が使え る環境を作り上げてしまいました。しかもフリ−ソフトという誰もが無償で自由に使える 形で発表してくれたのです。 「魔法の小箱」の働き ちょっと見にはまるで電子手帳のような小ささなのですが、その中には表計算ソフトの 代表Lotus1-2-3が内蔵され、使い勝手のよい優れたスケジュ−ラやエディタ、デ−タベ− ス、通信ソフトまで入っています。IBMPC互換機のため DOS/V用のソフトが設定を少 し変えるだけでほとんど使えてしまいます。しかも「魔法の小箱」専用に開発されたユニ −クなソフトが数多くフリ−ソフトの形で提供されているのです。ここまで来るとこれは もう一つの文化というか、パソコン通信を通じた新しい社会形態が確実に出来はじめてい るということを感じます。まさにこれは世の中を変える「魔法の小箱」なのです。 その機運に乗り遅れまいと必死で私はその「魔法の小箱」を手に入れ、その中に自分な りの環境を構築しました。いまでは毎日どこへ出かけるにしても常に持ち歩いています。 電車の中でもトイレの中でもどこでもコンピュ−タを使えるという環境ははなはだ快適な ものです。この文章も実は、電車の中で立ったまま書いているのです。去年の夏休みには ドイツを旅したのですが、その時もこの「魔法の小箱」をディパックの中に忍ばせて歩き、 事あるごとにメモを取ったり、通貨の換算や、英語の辞書、はたまた目覚まし時計代わり にも使いました。 特に重宝しているのはスケジュ−ラと Todo List(やらなければならないことのメモ) で、スケジュ−ラにその日の予定を記入しておけば、スケジュ−ルの5分前には必ずアラ −ムがなるし、Todo List には、いついつまでにM氏に手紙を出すこと、などと1項目ず つ入力しておくと、毎日少しずつたまって行く雑事の一覧が一目で分かる訳です。このス ケジュ−ラと Todo Listというのは実に便利なもので例えば、月末に部屋代を振り込むと いったような月ごとに回ってくる項目や、週1度の定例会議といった周期的な設定も簡単 にできるのです。もちろん 1ト月の予定の全体を見渡す事もできます。その上、各項目の 検索が簡単に出来るので、S社のTさんにこの前あったのはいつだったけ?などという記 憶をたどるのも実に簡単です。この外にも種々の便利なフリ−ソフトや自作のプログラム が私の「魔法の小箱」にはいっぱい詰まっています。では、それらをどう利用しているの か、私の仕事を例に説明しましょう。 業務での利用例 私の現在の仕事は音に係わるさまざまなアセスメントや予測計算が主体なのですが、た まにフィ−ルドに出て音の測定をすることがあります。工場騒音の測定が主なのですが、 その場合、たいてい一人か二人で騒音計をもって現場へ出かけて行くわけです。例えば明 日出かけるその工場が、静岡県の新富士にあったとします。新富士に10時に着くには何 時の新幹線に乗れば良いのでしょうか?JRの時刻表を捜せば分かる訳ですが、私の「魔 法の小箱」のデ−タベ−スには新幹線の時刻表も入っているので、東京発8時35分のこ だまに乗れば新富士には9時47分に着くということがすぐに分かります。 次に電話帳を立ちあげて(電話マークのキーを押すだけ)その工場の担当者に確認の電 話を入れます。高橋さんという名前ならTを入力するだけですぐに目的の番号にたどりつ けます。 当日のアポイントメントをとって、スケジュ−ラの10時の所に記録しておきます。翌 朝、時には別の仕事の関係でホテルから出かけるような場合もあるのですが、この場合は 目覚まし時計としても機能します。 さて、現場に着いて測定という段取りなる訳ですが、最近の測定器の多くはデジタル化 され、ほとんどがインタ−フェ−スを通じて、コンピュ−タにデ−タを転送することがで きます。ということは測定結果をそのまま「魔法の小箱」に取り込んで、その場で比較検 討や報告書の作成も出来るわけです。Lotus1-2-3のグラフ作成機能を使えば、測定結果の グラフ表示が出来るし、カ−ド型のモデムも入っているので測定結果をそのまま公衆電話 から会社に送る事もできます。デジタルカメラを持って行けば、インターネット上のホー ムページに測定現場の写真と音を張り付けることも出来ます。 愛好者の作ったフリ−ソフト このように仕事に関しても「魔法の小箱」とパソコン通信を使って、私はいろいろな事 を試みている訳ですが、そこで利用するソフトのほとんどが、パソコン愛好者が作ったフ リ−ソフトなのです。ほとんどボランティアといってもいいほどこの世界では、利害関係 を越えた同胞意識のようなものが現れて来ているような気がします。インタ−ネットの普 及もあわせて、国境を越えてこういう活動や意識が広がって行き、縁もゆかりもない人達 がお互いの知識や情報を無償で提供し合い、交流を深め合うバーチャルカントリーが誕生 しつつあるような気さえしてきます。 考えてみると、人類の英知と言うものは素晴らしいもので、例えば私はこの文章を、会 社帰りの電車の中で立って書いているのですが、このような状況が10年前にはたして想 像しえたでしょうか?このような技術は決してある日突然出来た訳ではなく、多くの時間 と、多くの人々の努力の積み重ねがあってはじめて実現できたものなのです。私にしたと ころで、ここまで来るにはかなりの積み重ねがあった訳であります。しかしそれは決して 自分だけの力ではなく、多くの先人たちの英知の積み重ねの上に立って仕事をしているか ら出来たわけです。この「魔法の小箱」には、その先人達の努力と、私の夢がいっぱい詰 まっているのです。 林 保明 「魔法の小箱」